2018年4月19日木曜日

刑事裁判傍聴記:第7回公判(添田孝史)

「錦の御旗」土木学会で時間稼ぎ


 4月17日の第7回公判は、希望者170 人から抽選で選ばれた65人が傍聴した。
 この日は、10日、11日に引き続き東電・高尾誠氏の3回目の証人尋問。弁護側の宮村啓太弁護士が反対尋問を続け、その後、検察官役の神山啓史弁護士らが再主尋問、さらに裁判官が質問した。

 高尾氏の証言を聞いていると、2007年以降の福島第一原発は、ブレーキの効かない古い自動車のようだった。
 ブレーキ性能(津波対策)が十分でないことは東電にはわかっていた。2009年が車検(バックチェック締め切り)で、その時までにブレーキを最新の性能に適合させないと運転停止にするよ、と原子力安全委員会からは警告されていた。ところがブレーキ改良(津波対策工事)は大がかりになると見込まれ、車検の日に間に合いそうにない。そこで「あとでちゃんとしますから」と専門家たちを言いくるめて車検時期を勝手に先延ばしした。「急ブレーキが必要になる機会(津波)は数百年に一度だから、切迫性はない」と甘くみた。

東京・JR四ツ谷駅近くの公益社団法人土木学会

 一方、お隣の東北電力や日本原電は車検の準備を2008年には終えていた。それを公表されると、東電だけ遅れているのがばれる。東電は「同一歩調を取れ」と他社に圧力をかけて車検を一斉に遅らせた。
 そして2011年3月11日。東電だけは予測通りブレーキ性能が足りず、大事故を起こした、という顛末だ。以下、細かくみていこう。

目次
土木学会を言い訳にしたのは東電だけ
長期評価の対策で事故は防げなかった? 
「運転停止」の可能性を恐れる
3回のまとめ

◯土木学会を言い訳にしたのは東電だけ


 宮村弁護士は「武藤氏は、福島沖でどんな津波を想定すべきか土木学会に審議を依頼した。2012 年10月にまとまる予定だったその結果が厳しいものであろうとも、それに従い、対策を行うことにしていた。その東電の方針に、多くの専門家から異論は出なかった」という事実を、当時の会合記録や高尾氏の証言から固めていった。
 権威ある学会に検討してもらい、その結果に素直に従って対策をとる。その進め方に専門家の同意も得た。ここだけ聞いていると、武藤氏は悪くなかったのではないかという主張も説得力を持つように見える。話がわかりやすく、喋り方も明瞭で、資料の使い方もうまい宮村弁護士の話に引き込まれると、ますますそう思えてくる。

 しかし注意深くみていくと、その論理はところどころ破綻している。

2018年4月12日木曜日

刑事裁判傍聴記:第6回公判(添田孝史)

2008年8月以降の裏工作


 4月11日の第6回公判は、希望者157人に対し傍聴できたのは68人だった。
 この日の証人は、前日に引き続き東電・高尾誠氏。検察官役の神山啓史弁護士が尋問を続け、さらに午後の休憩以降は、弁護側の宮村啓太弁護士が質問した。
 前日10日は、2007年11月から2008年7月31日の武藤元副社長が津波対策先送りを決めた「ちゃぶ台返し」までの動きが中心だった。この日の公判は、それ以降、事故発生までを中心に時系列に沿って尋問が続けられた。
 「ちゃぶ台返し」決定と同時に、もともとは2009年6月に終える予定だった津波対策を先延ばしするために、武藤氏の指示のもと、東電は様々な裏工作を開始する。安全審査を担当する専門家の同意をとりつける作業、他社が東電の先を行かないようにする調整、原子力安全・保安院との交渉などだ。検察が集めていながらこれまで公開されていなかった関係者の電子メールをもとに、数多くの新事実が明らかにされた。

◯「甘受するしかなかった」高尾氏
 この日の公判で、東電社内に2010年8月に設けられた「福島地点津波対策ワーキング」という組織の位置づけが初めて明確になった。このワーキングは、本店原子力設備管理部(吉田昌郎部長)のもとにある津波対策に関わる部署(高尾氏の所属する土木調査グループ(G)、機器耐震技術G、建築耐震Gなど)が参加して立ち上げられたものだ。なぜか政府事故調は「頭の体操的なもの」として役割を軽視していたが、高尾氏の証言した実態は大きく異なっていた。

 このワーキングは、まず2009年6月ごろに高尾氏が一度提案していたが、上層部に拒否されて断念していたのだという。2008年から検討されていた津波対策は、各部署がばらばらに海水ポンプや建屋の水密化などを検討していた。高尾氏は「全体がわかる人がキャップになって有機的に結びつけて検討する必要があると考えた」「将来的に対策工が必要になる可能性は高い。そのために早期に検討、工事を行う必要がある」としてワーキング構想の資料を作り、上司に進言した。
 しかし「そのような会議体は不要である」と上層部は拒否。高尾氏は「最適化されているように見えなかったので進言したが、しっかりやっていると拒否されたので、甘受するしかなかった」と証言した。
 一旦つぶされた構想を、高尾氏は2010年7月に自身がグループマネジャーに昇任したのち、ふたたび提案。そのころ直属の上司らも交代していたことも要因になったのか、今度は受け入れられてワーキングが発足した。

 「もし1年早く、最初の進言の時にできていれば」と、海渡雄一弁護士は記者会見で悔やんでいた。建屋やモーターの水密化などの対策はそれほど時間がかからないからだ。

 高尾氏は、武藤氏の指示のもと研究者への説得工作も行っていた。2008年10月ごろ、秋田大学の研究者に面談した際の記録には「長期評価の見解を今すぐ取り入れないなら、その根拠が必要でないかとのコメントがあった」「非常に緊迫したムードだったが、(東電の方針を)繰り返し述べた」と書かれていた。大組織のサラリーマンの悲哀を感じさせる記録だった。

◯東電の「貞観隠し」
この時期の東電「裏工作」で最も悪質なのは、先行する他社の津波想定を、自分たちの水準まで引き下げようとしていたことだろう。

 2008年秋に、東電は平安時代に発生した貞観地震(869年、マグニチュード8.4)の最新論文を入手した。津波堆積物を解析したこの論文は、貞観地震は福島県沖(地図の佐竹モデル8、佐竹モデル10)で起きたと推定していた。東電が論文に従って計算したところ、この地震による福島第一への津波高さは9m前後になり、原子炉建屋のある高さ10mの敷地には遡上しないものの、海岸沿いにある重要な非常用海水ポンプなどが水没して機能しなくなることがわかった。

 東電は「まだ研究途上で、どこで地震が起きたか確定していない」として、津波想定に取り入れないことを決め、東北電力など近くに原発を持つ電力会社に伝えた。ところが東北電力は、女川原発の津波想定に、この論文の成果を取り入れる方針を決めており、東電に同社が(報告書に)記載することは不都合でしょうか」と尋ねていた。
 これに対して東電は「同一歩調が当社としては最も望ましい。女川では(貞観津波を想定しないと)話にならないということであれば、あくまで「参考」として(保安院に)提示できないか」と東北電力に意見を伝えていた。

 結局、東北電力は貞観津波について東電の意見通り「参考」扱いに変えた。さらに報告書の提出を約1年以上遅らせた。提出遅れに東電が関与したかどうかは今のところ不明だ。

◯反対尋問と残った疑問
 宮村弁護士による反対尋問は、2002年の長期評価による津波地震の津波よりも、東日本大震災の時の津波が大きいから、長期評価に備えた対策では事故を防げなかったという従来の弁護側の主張に沿ったものだった。弁護側の主張を補強する新たな事実は示されなかった。

 残った疑問は、当初2009年6月とされていた津波想定の報告書提出が、2016年まで引き延ばされた経緯だ。これは高尾氏ら実務担当者の業務にも影響が大きいと思われるが、公判では触れられていない。次回公判や、今後証人として登場してくるであろう高尾氏の上司らの証言で、さらに解明が進むと期待している。

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添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う
(ともに岩波新書)





2018年4月11日水曜日

第6回公判 東京地裁前行動

今日は昨日に続き、福島原発刑事訴訟の第6回公判期日です。
昨日と同じく、東電の津波対策担当者の証人尋問があります。
裁判所も重要証人と考えており、次回の公判も同人の証人尋問が予定されているという事で、非常に注目される期日となります。
今日は傍聴席を求めて157人が列を作りました。


東京地裁前行動 スピーチ(要約)

福島県三春町 庄司郁子さん
 私はいわき出身の講談師、神田香織さんの「あきれ果ててもあきらめない」という言葉が好きで、いつも頭に浮かんできます。これからもしつこく、粘り強くいくことが大切だと思っています。次々に明るみに出てくる真実、前川喜平さんの言葉ではないですが、有ったことを無いことにはできない、それがきちんと司法の場で明らかにされることを望んでいます。
 先ほど、歴史的な場面に立ち会っているのだ、と話がありましたが、私たちの個の力、一人ひとりの力で実現していきたいと思います。どうかみなさまの力を貸してください。これからもよろしくお願いします。


埼玉県所沢市 宇野知左子さん
 私たちは勝手連的にですが、第二次告訴の時に告訴人になった仲間が、佐藤団長に所沢に来ていただいた集会の時、参加者満場一致で、福島原発裁判を支える会・所沢を結成させました。年配者も多いですが、こういう形で支援できるならと、裁判所前の集会に度々参加させていただいています。
 大体3か月に1回、河合弁護士監督の映画も全部やりましたし、おしどりマコ・ケンさんのトークもついこの間やりましたし、何かしら催し物をやり、そのたびに支援団の参加を呼び掛けました。福島の出身の仲間は福島弁で訴えかけています。相馬焼のお茶碗を出して、福島にはこんな素晴らしいものがあると訴えて。
 所沢で集めた会員はもう150人近くになります。これからもそのような形で支援団を広めていこうと思っています。どうぞみなさん一緒に頑張りましょう。


福島県田村市から避難 熊本美彌子さん
 私は福島県田村市から避難をしています。東京でも損害賠償裁判をやっていまして、先日判決が出ましたが、満足できるものではないので、控訴をしようという事で動いております。
 私たちの裁判にとってもこの刑事裁判は、とても重要な裁判だと思っています。昨日も一日傍聴しましたけれども、今日はいったいどういう展開になるだろうかと興味津々でまたやって参りました。みなさまほんとうにどうもありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


福島県南相馬市から避難 山田俊子さん
 私は南相馬に田舎暮らしがしたくて行きましたが、4年もせずに避難することになってしまいました。
 私は、日本の豊かな国土を台無しにしてしまったというその事を、しっかりと東電や国に反省してもらいたい。100年や200年のことではないということをしっかりと反省してもらいたいと思って、今、刑事裁判の「厳正な判決を求める署名」活動を拡散しています。みなさんよろしくお願いします。



刑事裁判傍聴記:第5回公判(添田孝史)

津波担当のキーパーソン登場

 4月10日の第5回公判は、希望者165人に対し傍聴できたのは68人だった。
 この日の証人は東電の高尾誠氏。私が高尾氏の姿を見たのは6年ぶりだった。ずいぶん白髪が増えていたが、表情は以前よりすっきりした感じに見受けられた。武藤栄元副社長の津波対策先送りに「予想外で力が抜けた」とまで率直な証言をする、その覚悟を決めていたからだろうか。

 高尾氏は1989年に東電に入社。柏崎刈羽原発の土木課で4年働いたのち、1993年に本店原子力技術部土木調査グループに異動。その後は東通原発に勤務した期間(3年)をのぞいて、事故まで約15年間、本店の土木部門で津波や活断層の調査を担当していた。東電の津波対応の全てを知っている「最重要の証人」(海渡弁護士)である。今回を含めて計3回の公判期日が高尾氏の尋問にあてられていることからもわかる。
 公判は、検察官役の神山啓史弁護士の質問に高尾氏が淡々と事実関係を答える形で進められた。

◯長期評価が焦点
 焦点は、2002年7月に地震調査研究推進本部(地震本部)が発表した長期評価を、東電の技術者はどう考えていたかだった。この長期評価は、福島沖の日本海溝沿いでM8級の津波地震が起きうると予測していた。その津波高さを計算すると15.7mになる(第4回公判傍聴記参照)
 高尾氏の証言で明らかになった重要な事実は、津波想定を担当していた東電本店の土木調査グループの技術者たちは、2007年11月以降ずっと福島沖M8への対策が必要だと考えていたことだ。東電の事故調査報告書は「15.7mは試し計算である」として、本気では取り組んでいなかったかのような記述をしていたが、それは誤りであることがはっきりわかった。
 地震本部の長期評価を取り入れるべきだと考えた理由として、高尾氏は以下のような項目を挙げていた。
1.専門家へのアンケートで、長期評価支持が半数を超えていた
2.東通原発の設置許可申請で、長期評価を取り入れていた
3.地震本部は国の権威を持つ機関である
4.原子力安全・保安院で古い原発の安全チェックをする会合の主査である阿部勝征・東大教授(故人)が、長期評価を強く支持していた
5.確率論的な津波評価でも、敷地を超える津波が発生する確率は、対策が必要と判断される値だった

◯現場は一貫して「対策必要」
 高尾氏ら現場の技術者は、2007年11月からずっと対策の検討を進めていた。「対策を前提に進んでいるんだと認識していた」と高尾氏は証言した。それが2008年7月31日、わずか50分程度の会合の最後の数分で、武藤副社長から突然、高尾氏が予想もしていなかった津波対策の先送りが指示される。高尾氏は「それまでの状況から、予想していなかった結論に力が抜けた。(会合の)残りの数分の部分は覚えていない」と証言した。今回の公判のクライマックスだった。
 高尾氏の上司である酒井俊朗氏は、この日の結論について、他の電力会社に以下のようなメールを送っていた。

  推本《地震本部》で、三陸・房総の津波地震が宮城沖~茨城沖のエリアのどこで起きるか分からない、としていることは事実であるが、 原子力の設計プラクティスとして、設計・評価方法が確立しているわけ ではない。(中略) 以上について有識者の理解を得る(決して、今後なんら対応しないわけではなく、計画的に検討を進めるが、いくらなんでも、現実問題での推本即採用は時期尚早ではないか、というニュアンス)。   以上は、経営層を交えた現時点での一定の当社結論となります。 
 
 11日以降の公判で、この「有識者の理解を得る」ために東電が何をしたかが明らかになるだろう。

◯浮かび上がった疑問
 公判を聞いていて、いくつか疑問が浮かんだ。東電は、他の電力会社とも連絡をひんぱんに取り合っていたことがこの日の公判で示された電子メールで明らかになった。それによると2008年7月時点で、東北電力はバックチェック最終報告書を2008年12月に予定していた。ところが実際には2010年春まで延ばされ、報告書も公開されなかった。この背景に、東電が津波想定を先延ばしたことがあるのではないのだろうか。東北電力が先行して最終報告を出すことに、東電が抵抗したのではないかということだ。東北電力が先にだせば、東電が高い津波の対策ができず最終報告を先延ばししていることが明らかになってしまうからである。
 もう一つは、東北大学・今村文彦教授の意見が変わってしまったことだ。今村教授は、原発の安全審査にかかわる津波の専門家として、東電も重く見ていた。2008年2月26日に高尾氏が面談した時は、「福島県起き海溝沿いに大地震が発生することは否定できないので波源として考慮すべきであると考える」と話していたと、公判で示された東電の記録でわかった。またアンケートでも、長期評価を支持する方に多くの重みを置いていた。  しかし住民らが東電や国を訴えている集団訴訟に、今村教授が出した意見書では「福島県沖の日本海構沿いでも発生することを想定した津波対策をすべきであったとはいえない」と述べている。今村教授はいつ、考えを変えたのだろうか。これも今後の公判で解明を期待したい。

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添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う
(ともに岩波新書)

2018年4月10日火曜日

第5回公判 東京地裁前行動

今朝は、福島原発刑事訴訟の第5回公判の傍聴券を求めて、165人が並びました。
告訴団と支援団は、8時20分から東京地裁前でアピール行動を行いました。


東京地裁前スピーチ(要約)


佐藤和良 福島原発刑事訴訟支援団 団長
 今日の公判は、証人尋問が行われるということです。これから審議が集中して行われます。傍聴の参加も大変ですので、ご都合のつくときに参加してください。より多くの方に福島原発事故の現実を知って頂いて、なぜこの福島原発事故が起きたのか、その原因と事実の真相を明らかにしていきます。

 これまで第1回から第4回まで裁判が開かれました。業務上過失致死傷罪で、勝俣・武藤・武黒と東電元幹部が強制起訴されましたが、きわめてシンプルな事件だと思います。地震津波によって過酷事故が起こると知りながら、回避措置をせず原発事故に至ってしまったという、きわめてシンプルなものです。
 この裁判が2012年の告訴団の告訴によって、ようやくここまで来たという事の意味は、とても大きいと思います。あの1万5千人余の告訴・告発がなかったなら、福島原発事故の真相も明らかにされず、誰一人としてこの事故の責任を問われることがなかったのです。

 いま、国会で森友・加計問題、自衛隊日報問題、いろいろな問題が出てきていますが、結局は、この国が法治国家ではなく人治国家となり、安倍首相による安倍首相のための国家に成り下がってしまっています。この国の行政機構も官僚も、今こそ自らの襟を正して、国民のために奉仕する全体の奉仕者として、自らの役割というものを再確認して出直してもらいたいと思います。

 司法もまた同じだと思います。検察は、最後の段階で東京地検が不起訴にしました。しかも、この4回の公判で明らかになったように、地震津波が太平洋から全面に渡って押し寄せるシミュレーションもあったのに、東京地検は、茨城県方面の南部から来る津波しか想定できなかったと不起訴にしたのです。なぜ、このような誤った理由で不起訴にしたのか、いままた問われなければなりません。森友・加計問題、自衛隊日報問題、これらと同じような根っこが、司法や検察の動きの中にも見て取れるのではないでしょうか。

 そういう意味で、この裁判はこの国のあり方の根っこを変えていくための大事なたたかいです。そういう裁判でもあるという認識を新たにして、また明日、27日、5月には4回、6月も4回と、たいへんですが、みなさん体を壊さないよう、この場に駆け付けていただいて、公判闘争をみんなでたたかっていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。今日また一日、みなさん、頑張っていきましょう。



いわき市 斎藤春光さん
 最近、被災地では、命と暮らしが失われる例が露見してきています。毎朝、訃報を確認しますが、いわきへの避難者の方がここで亡くなる、そういう高齢者が毎日見られます。こういう人はかなりいます。被災自治体の職員も、被災の事務処理に疲れ果て、地元住人から文句を言われ、自分も被災者でありながら住民の救済をしなければならないとストレスに追い込まれ、職場に出られなくなってしまうような、そういう事例はたくさんあります。今も続いています。

 原発労働者は給料を中抜きされています。下請け構造がどうのこうのと言われますが、そういうことではなく、東電が直接払えばよいことです。東電が責任をあいまいにし、こういう構造を自身のために利用しています。諸悪の根源は東電です。
 被災者は生活を奪われ、住居を奪われ、今の住処から追い出されようとしています。
避難者は20ミリシーベルトという基準を押し付けられ、帰還を強制されているのです。被災者は泣いています。

 一方で加害者の東電の三被告人、最初は痩せてげっそりしていたが、第4回公判では、色つやもよく、大変元気なようです。加害者がほくそ笑む、こういう現状は何としても許せません。こういう現状を打破するために、加害者に責任を取らせるために、みんなで力を合わせて頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。

2018年4月9日月曜日

4月10日・11日と連日の公判です!

4月10日は第5回公判、11日は第6回公判と、二日連続で公判が開かれます。
証人尋問が予定されているそうです。
公判は10時~17時、傍聴整理券配布時間は8:20~9:00です。
10日・11日は公判併行の集会はありません
裁判終了後に、報告会のみを開催します。

■4月10日 第5回公判期日 10~17時
 ○傍聴整理券配布時間 8:20~9:00
 ○東京地裁前行動 8:20~8:30
 ○裁判終了後の報告集会
  ・開始時刻未定(裁判終了後に開会)
  ・会場 参議院議員会館 101

■4月11日 第6回公判期日 10~17時
 ○傍聴整理券配布時間 8:20~9:00
 ○東京地裁前行動 8:30~8:40
 ○裁判終了後の報告集会
  ・開始時刻未定(裁判終了後に開会)
  ・会場 参議院議員会館 102

第7回以降の 公判期日予定

【4月】17日(火)、24日(火)、27日(金)
【5月】8日(火)、9日(水)、29日(火)、30日(水)
【6月】1日(金)、12日(火)、13日(水)、15日(金)
*開廷10時~閉廷17時頃
色つきの日は、公判併行集会を開催します。
*傍聴整理券配布時刻は未定ですがおそらく8時20分~9時頃と思われます。
 裁判所HPでご確認ください。判明しましたら当ブログでもお知らせいたします。

2018年3月8日木曜日

刑事裁判傍聴記:第四回公判(添田孝史)

 事故3年後に作られた証拠


 2月28日の第4回公判は、傍聴希望者187人に対し傍聴できたのは62人で、約3倍の倍率だった。
 この日の証人は東電設計の久保賀也氏。東電設計は東電が100%の株を持つ子会社で、原発など電力施設の調査、計画、設計監理などを担っているコンサルタント会社だ。久保氏は、同社の土木本部構造耐震グループに所属し、津波計算などの技術責任者を務めていた。
 今回の公判では、東電設計が計算した、以下の三つの津波シミュレーション関連を中心に尋問が進められた。

1.)政府の地震調査研究推進本部が2002年に予測した津波地震が福島沖で発生したら、福島第一原発にどんな津波が襲来するか。また、どのような対策が考えられるか
2.)もし1.)にもとづいて対策を実施していたら、2011年の東北地方太平洋沖地震の時、津波はどのくらい福島第一に浸水したか
3.)東北地方太平洋沖地震の津波を防ぐには、防潮壁の高さはどのくらい必要だったか

 証人尋問では、最初に指定弁護士の石田省三郎弁護士が、1.)のシミュレーションの経緯について明らかにしていった。東電設計は、東電からの依頼や打ち合わせの内容、資料、出席者等を品質マネジメントシステムISO9001の定めにしたがって詳細に記録していた。検察が持っていたその記録が、事故の経緯を明らかにする上でとても役立つことが、この日の証人尋問で見えてきた。
 久保氏は、2007年11月から2008年夏にかけて、どんな考え方で1.)のシミュレーション作業を進めて高さ15.7mの津波想定を求めたか、また10mの防潮堤を設置する対策案の位置づけなどを証言した。津波を低くするために、東電が「摩擦係数の見直しができないか」と依頼し、東電設計が断わっていたことも明らかにした。

 一方、弁護側の宮村啓太弁護士が強調してきたのは、2.)や3.)のシミュレーション結果だ。
 1.)のシミュレーションで、東電設計は海抜10mの福島第一原発敷地の上を、ぐるりと全部取り囲む形で高さ10m(海抜20m)の防潮壁を設置する案を示していた。
 2.)のシミュレーションは、いくつかの仮定にもとづいている。1.)で提案されていた敷地全部を取り囲む防潮壁のうち、海抜10m以上の津波が打ちつける部分「だけ」に、ピンポイントで防潮壁を作る。具体的には、敷地南部、北部と、中央のごく一部だけだ。その他の大部分の区間には防潮壁は設けない。
 そのような、櫛の歯が欠けたような状態の防潮壁の配置のもとで、東北地方太平洋沖地震の津波が襲来したらどうなるかを計算すると、敷地の広範囲に浸水する、というのが2.)の結果だ。「対策をとっていても事故は避けられなかった」という東電側の主張を支えるものである。
 これに対して石田弁護士は、2.)について、「敷地の一部だけに防潮壁を作るという対策が、工学的にありうるのか」と久保氏に尋ねた。久保氏は「弱い」と返答。「あまり考えられないのでは」という念押しに、「そうですね」と認めた。
 2.)のシミュレーションは、40以上計算した津波地震の発生パターンのうち一つに絞り、それへの対策をピンポイントで実施する仮定にもとづいている。断層の位置、傾きなど地震の起こり方が少しずれるだけで、敷地のどこが一番高い津波に襲われるかというパターンも異なってくる。その不確かさを久保氏も認めた形だ。

 3.)のシミュレーションは、東北地方太平洋沖地震の津波が全く敷地に遡上しないようにするためには、高さ何mの防潮壁が必要だったか試算。その結果、最大で高さ23m以上が必要だったことがわかったとしていた。
 これについては、シミュレーション結果を詳しくみると、高さ23m以上の防潮壁が必要となるのはごくわずかの区間だけであることが石田弁護士から示された。高さ10mで全周を覆っていれば「(事故防止に)一定の効果があった」と久保氏も証言した。

 そもそも、2.)3.)のシミュレーションは、勝俣・元会長ら3人に対し、検察審査会が「起訴相当」(起訴すべきだ)という1回目の議決を出した2014年7月の後で実施されたことも尋問の中で明らかにされた。事故から3年以上も経過したそのタイミングで2.)3.)のシミュレーションを実施した理由について久保氏は「わからない」と答えた。
 しかしこの時期のシミュレーションは、「対策を取っていても事故は避けられなかった」という東京地検の不起訴判断を補強するために、東電や検察の意向に沿って実施されたように見える。そもそも、千万円単位にのぼるシミュレーション費用を誰がどういう名目で負担したのかも気になる。

 弁護側が重視する2.)3.)のシミュレーション結果に、どれだけの意味があるかについては、4月以降の証人尋問で、さらに詳しく明らかにされることだろう。

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 添田 孝史 (そえだ たかし)
 サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
 著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う
 (ともに岩波新書)