2016/06/22 福島市民会館
ノーマ・フィールド(Norma M. Field)さん(シカゴ大学名誉教授)のお話
みなさん、こんにちは。今日はいつも告訴団のホームページで見ているイベントを、実際に目のあたりにすることができて、また私も参加することができて、たいへん光栄です。
いま大河弁護士から、アメリカの事例が紹介されまして、かつてのNRC(米国原子力規制委員会)はたのもしかったんだという追憶の気持になりました。いま、日に日にアメリカや世界中にある原子力ムラの人たちが危機感を募らせ、どうやって原子力発電を存続させるか手を替え品を替えして、規制の方もたいへん困難な状況があります。
アメリカの環境庁が、福島からどんな教訓を得たかといいますと、原発事故があった際に、今までの基準では厳しすぎるので、基準を緩めようというものです。セシウム137は、基準を200~300倍、ストロンチウムの場合、3000倍くらいでしょうか、そのように引き上げるというか、緩めることを提案しています。
日本でも、規制当局や、それから市民にも、「こういうことを受け入れなければ、人類にとって非常に大切である原子力発電は続かないんだ」と、福島の悲劇が利用されかねないわけです。そういう意味でも、告訴団のみなさんがなさっている努力、弁護士の方たち、技術専門家の方たちのやっていらっしゃることは、日本だけにとって重要なのではなく、もちろんアメリカであり、フランスであり、世界中の生き物にとって重要だと思います。
今日のみなさんのお話を聞きながら、改めて感じたのは、どうしてこれだけの犯罪的な行為が行なわれたのに、市民がこういう法的手段を取らなければならないのか、しかも福島の人たちは、もう既にみなさん非常に苦労をされていて、日々の気苦労から、生活の困難から、そういう大きな負担が311の事故によって降りかかってきたのに、どうしてここまでの追及を、みなさんの責任、みなさんの努力によらなければならないのかと、その理不尽さを改めて感じています。
しかし、逆に考えれば、民主主義とはそういうものであって、一度、例えば日本国憲法ができたからそれで良かった、こういう法律や規制が実現したからそれに頼っていればいい、というものではなくて、民主主義というのは、ある意味では恒久の闘いであって、人々の権利、それから生き物の生命を、常に勝ち取っていかなければならないものです。それがいかにたいへんであるかと思うと、ちょっと、震えるような気持ちがします。
2010年に、私はしばらくシカゴ大学の学部生の授業として、「広島・長崎、それ以後」という、広島・長崎に落とされた原爆のウランやプルトニウムを作ってきた所の風下住民、マーシャル諸島で核実験をやってきた歴史、フランスの歴史、中国の歴史、それからもちろんチェルノブイリのこと、つまり核というのは、原子力発電と核兵器とを区別してきたことが、そもそもの間違いであったこと、それから、いかに世界中の人々の問題であるかということを、大学の若い学生たちに知って欲しくて、そういう授業をしていました。2010年の秋に、シンポジウムを開くのだったら、核兵器と原発とを一緒に扱おうという企画を決めていました。そのような中、2011年の3月11日に福島の事故が起きたわけです。
シンポジウムの第2回目に、ぜひとも武藤類子さんと小出裕章さんをお招きしたいと思って、私は2011年の11月に初めて福島を訪れました。武藤さんの2011年9月のスピーチで、「分断」ということが非常に具体的に、人々の生活のところから作り出されているということ、当時の日々の生活の不安さのことを語っていたことがとても印象的で、ぜひ武藤さんに来ていただきたいと確信したのです。
告訴団のブックレットは、大学院生の時の、同じくもともと文学をやっている仲間と英訳したのですけれど、その中で、例えば教師の方が、「あなたがここに居続けるから、子どもたちも残って被曝するんだ」というような、心ならずとも、あるいは他の選択肢がなくて、福島に残っている人たちが、そういう攻撃の言葉を受けなければならない状況を、翻訳しているときも感じましたし、今もさらに分断の種というのが増幅されていることを感じてきました。それと言うのも、私は今回初めて南相馬の方へ行き、昨日は小高の仮設住宅の方々のお話を伺うことができました。小高地区などが7月12日に避難指示解除になります。目に見えるように色々なもの、建物が建ったりして、生活が一見、便利になっていく姿を目撃すると、さらに健康被害や、汚染水のことを言い出すことがいかに辛くなるだろうかということ、そこに戻って来る方たちや住み続けてきた方たちが、日々の生活の中で、口には出さないかもしれない不安などがあることを、ある意味ではもろに感じることができまして、この罪の大きさ、東電の罪の大きさ、それを容認している国の罪の重さ、それからまた、私たちみな、便利な電気を使ってきて、今となってはもうどうしようもないという気持になってしまったり、選挙に行ったって何にもならないんだろうと、そのようになってしまう、罪の大きさ。悲劇ですよね。それを改めて、仮設住宅に行くことによって、今までとは違ったふうに見ることができてきました。
鎌仲ひとみさん監督の映画「小さき声のカノン」の最後で、NUUが歌っているんですけれども、とっても素敵な歌で、生まれてきたから生きていきたい、生まれてきたら生きていきたい、というのは、誰でもが共有している気持だと思うんですね。ですから、「生」の元である水。この水を守るということは、命そのものに立ち、私たちも命を賭けて、闘って守っていこう。そして無用な敵を作らないで、やはり、みんな、生まれてきたから生きていきたいのであり、そこでどうやったら、どういう言葉で、どういう呼びかけをしたら、繋っていけるのかって。
私、遠いところから来てこういうことを言うのは、非常におこがましいし、申し訳ない気持があるのですけれども、今、感じていることはそういうことです。みんなせっかく生まれてきたんですから、みんな生きていきたい気持を、どうやって大切にできるか、考えていきたいと思います。
まずは今度の選挙に行ってください。ありがとうございました。