土木調査グループGM(部長)酒井俊朗氏の証言のポイント
被害者参加代理人 海渡雄一
1 はじめに
第8回、第9回公判が4月24日、27日に開かれ、東京電力の土木調査グループのGM(ジェネラル・マネジャー)であった、酒井俊朗氏が証言した。詳細な証言の内容は、大河陽子弁護士から報告する予定であるが、先に証人調べを実施した高尾誠証人と対比した、証言のポイントを簡略にまとめておきたい。
2 長期評価に基づく津波対策の必要性を上司や他グループに説明
酒井氏は、推本の長期評価を取り入れた津波対策の必要性を2007年11月頃から検討を始め、2008年1月には、土木調査グループとして、バックチェックにおける基準津波高について、推本の長期評価に基づいて明治三陸沖のモデルを福島沖に置いたモデルでの津波高の計算の依頼を東電設計に行い、この発注には吉田昌郎原子力設備管理部長の了解を取りつけ、この承認書は他の対策工事を行うグループのGMにも共有したことを説明した。
酒井氏は、推本の長期評価については、なぜどこでも津波地震が起きるのかの根拠が書かれておらず、日本海溝沿いのプレート境界の構造について南北での構造の違いを指摘する専門家の見解も存在したので、根拠が明確ではないと考えていたが、2008年2月頃に高尾氏が、見解を聞きに行った際に、保安院の審査に当たる専門家である東北大学の今村文彦氏が推本の長期評価を取り入れるべきであると言っていることなどを聞き、推本の見解を取り入れなければ、耐震バックチェックで保安院の了解を得ることは難しいと考え、社内の他の部署や上層部を説得しなければならないと考えたと述べた。
確かに2008年2月当時から、酒井氏は「津波対策を中間報告に入れるかどうかではなく、きちんとした対策がとれるかが問題だ。」「詳細計算をすれば、津波の高さは高くなる。」「地域に説明しなければ津波工事はできない」「地元説明はセンシティブな問題となる」「(津波の予測高さとその対策を公表すれば、)地元から停止を求められることもあり得る」などの発言やメールが記録されている。
そして、早急に対策を講じなければ、計算結果を公表した段階で、自治体等の対応により、炉の停止に追い込まれるという危機感を持っていたことを認めたといえる。
3 武藤副本部長に説明
酒井氏は、津波対策を取ることについて社内を説得しなければならないと考え、当時の上司であった吉田部長とよく本店の喫煙室で会ったときに相談し、6月に武藤元副社長に報告することになったと証言した。
そして、2008年6月10日に津波対策を進言した時点では、高尾証人と同じく、その年の秋には津波対策工事の概略案を土木調査グループで確定し、他の土木建設、建築や耐震技術などのグループに引き取ってもらい、津波対策工事を進めようという考えであったことを認めた。
この過程で、南の延宝房総沖に波源を移して、津波の規模を小さくする方向や、詳細なパラメータースタディを実施しないという考えも出されたが、いずれも、保安院のバックチェックの審査の過程で、明治三陸沖を波源とし、詳細なパラメータースタディを行うという、より厳しい想定をとらない理由の説明を求められると、説明ができず、対策の練り直しを迫られるリスクがあり、高尾氏の提案に同意したと証言した。このように7月31日までの対応については、力点の置き方は違っても、津波対策の早期実施が必要であると考えていた点では、酒井氏と高尾氏の証言は重なり合うものであった。
4 私の予測する経過とは違っていたが、それなりの合理性はあると考えた
しかし、7月31日の二度目の武藤氏との会議の受け止め方は高尾氏とは対照的であった。高尾氏は、津波対策の実施に前のめりになっていたので、「力が抜けてしまい、その後の会議内容の記憶がない」と証言し、対策をとらないという結論が予想外のものであったことを示唆したが、酒井氏は、武藤元副社長とのやりとりを克明に記憶していた。
すなわち、この日の会議では、酒井氏が主として説明に立ち、高尾氏は確率論の部分の説明を担当した。武藤氏は「波源の信頼性が気になる。第三者にレビューしてもらう。」と述べ、酒井氏は、「明治三陸沖の波源は信頼性はないが、安全側で使っている」と答えた。武藤氏は「外部有識者に頼もう」と述べ、酒井氏は、「土木学会しかない」と答えた。この日の結果は自分の想定とは違った。それで、酒井氏は、「第三者に頼んでいては、バックチェックには間に合いませんよ」と武藤氏に述べた。武藤氏は、「有識者の方々に、東電として対策をとらないわけではない。バックチェックは土木学会津波評価で行うが、対策が必要となれば、きちんと実施すると説明して理解を求めてくれ」と応じ、酒井氏は、これに同意したというのである。
5 武藤氏の指示は時間稼ぎだったことを認めた
この日の結論が酒井氏にとっても、予想外であったことは、すぐに酒井氏が東北電や日本原電に、津波対策の方針が変更になったことを知らせていることからもわかる。
また、2008年8月18日の酒井氏の高尾氏らに向けたメールには、貞観の津波に関連して、「貞観地震のモデル化について、電共研でさらに時間を稼ぐのは厳しくないか」などの記載もあり、武藤氏の示した方針が「時間稼ぎではないか」と渋村指定弁護士に問われて、「時間稼ぎと言われれば、時間稼ぎだったかもしれない」と認めた。
6 南北の構造の違いを考慮しても、津波高が2メートルしか下がらないことは2008年8月に判明していた
酒井氏は、「私も推本の長期評価は信頼性が低いと考えていた。武藤氏の対策先送りの判断は、津波対策を進めるべきだという自分の考えとは違っていたが、それなりに合理性があると感じた」と証言した。しかし、推本の長期評価について、酒井氏が問題にした点は、北部と南部がプレートの構造が違うと言うことだけであり、福島沖で津波地震が起きないことを示す知見などはなく、南側の延宝房総沖野波源で計算しても、13.6メートルとなることは2008年8月には東電設計への追加計算の委託によって分かっており、仮に土木学会で検討を続けても、これ以上想定津波が下がる見通しのないことははっきりとしていたのである。対策をとらずに放置しておいて良い状況でなかったことは明らかである。
7 30年間に20パーセントの事象は原子力安全の世界では切迫したもの
酒井氏は、「東海、東南海、南海地震のように切迫感のある公表内容ではなかったので、切迫感を持って考えていなかった」と証言した。しかし、推本の長期評価では、この領域での地震の発生確率は今後30年間に20パーセントとされており、1万年から10万年に一度の自然災害に確実に対応していくという原発に求められる安全レベルからすれば、極めて確率の高い事象であったといえる。これに対して、対応をとることなく、運転を続けたことが過失を構成することは明らかである。