2018年6月28日木曜日

次回公判期日は7月6日(金)です

7月6日(金)第19回公判期日

7月6日に第19回公判期日が開かれます。
傍聴整理券配布時間は8:20~9:00です。(裁判所HPの傍聴券交付情報)
証人尋問が行われます。
6日は公判併行の院内集会はありません。
裁判終了後の報告会のみ行います。

7月6日(金) 
第19回公判期日
東京地方裁判所 第104号法廷
8:20~9:00 傍聴整理券配布
8:30~8:40 東京地裁前行動
10:00    開廷
裁判報告会
時間…裁判終了の約30分後より開会
場所…参議院議員会館102室
通行証配布時間…15:30より(裁判が早く終わった場合は繰り上げる場合があります。)

公判併行院内集会のお知らせ

7月11日(水)
第20回公判併行院内集会
時間…11:00~16:30(昼休憩含む)
場所…参議院議員会館 講堂
通行証配布時間…10:30より
【午前の部】11:00~
 ミニ上映
 弁護団による午前公判の報告
【午後の部】14:00~
 講演:「マンハッタン計画 76年目」
 講師:ノーマ・フィールドさん(シカゴ大学名誉教授)
*裁判終了後に、同じ会場で報告会と記者会見を行います。

7月27日(金)
第23回公判併行院内集会
時間…11:00~16:30(昼休憩含む)
場所…参議院議員会館 講堂
通行証配布時間…10:30より
【午前の部】11:00~
 ミニ上映
 弁護団による午前公判の報告
【午後の部】14:00~
 講演:「福島の汚染と初期被ばく(仮)」
 講師:今中哲二さん(京都大学原子炉実験所研究員)
*裁判終了後に、同じ会場で報告会と記者会見を行います。

7月以降の公判期日予定

【7月】6日(金)、11日(水)、24日(火)、25日(水)、27日(金)
 24日報告会ー参議院議員会館 102室
 25日報告会ー参議院議員会館 B105室
*開廷10時~閉廷17時まで(早めに終わる場合があります)
*色つきの日は、公判併行集会を開催します。
*傍聴整理券配布時刻は未定ですがおそらく8時20分~9時と思われます。
 裁判所HPでご確認ください。判明しましたら当ブログでもお知らせいたします。

2018年6月23日土曜日

刑事裁判傍聴記:第18回公判(添田孝史)

「津波対策は不可避」の認識で動いていた


   6月20日の第18回公判の証人は、東京電力の金戸俊道氏だった。金戸氏は事故前、高尾誠氏(第5〜7回公判の証人)、酒井俊朗氏(第8、9回公判の証人)の部下として、本店土木調査グループで津波想定の実務を担当していた。現在は同グループのマネージャーだ。

 検察官役の渋村晴子弁護士の質問に答える形で、土木調査グループと、実際の対策を担当する社内の他の部署や、他の電力会社とのやりとりの様子を、メールや議事録をもとに金戸氏の証言でさらに詳しくたどった。渋村弁護士は、会合一つ一つについて、出席者の所属や、彼らが出席した目的を説明するよう求め、「津波対策は不可避」という認識で東電社内が動いていたことを明らかにしていった。


〇長期評価対策の先送り、「経営判断だった」

   政府の地震調査研究推進本部(地震本部)が2002年に発表した長期評価「福島沖の日本海溝沿いでも津波地震が起きうる(高さ15.7m)」という予測について、金戸氏も、高尾氏、酒井氏と同様に「取り入れずに耐震バックチェックを通すことは出来ないと思っていた」と、はっきり証言した。

 「地震本部という国のトップの組織があって、著名な地震の研究者が集まってまとめた長期評価を、取り入れずに(耐震バックチェクの)審査を通すことはできない」という理由だった。「絶対に起きるものとは言えないが、否定はできないもの」と考えていたという。

 金戸氏は、2007年11月1日に、東電設計の久保賀也氏(第4回公判の証人)から「(長期評価を)取り入れないとまずいんじゃないでしょうかとアドバイスをもらった」と述べた。東通原発の設置許可申請で長期評価の考え方を取り入れて地震の揺れを想定していたことから、津波で長期評価を取り入れないと、「東電として矛盾が生じる」という理由だった。

 2008年7月31日の武藤元副社長との会合までは、「長期評価を取り入れて耐震バックチェックを進める、対策として沖合防波堤と4m盤への対策を進めていくこと、これを決めてもらえればと考えて準備していた」と証言。会合当日、武藤元副社長が長期評価を取り入れないことを決めた(いわゆる「ちゃぶ台返し」)ことについて「想像していなかった」、対策工事をしないことも「それも無いと思っていました」と述べた。
福島第一原発沖合に防波堤を新設する検討が進められていた

 武藤氏の対応については「その対応は経営判断したと受け止めた」「時間は遅くなるけど、対策はやることになると思っていた」と話した。

 会合当日すぐ、上司の酒井氏が日本原電や東北電力に会合の様子を伝えたメールを送信していたことについて「180度変わった結論になったので、早く伝えなければとメールしたのだろう」と説明した。

〇「外に漏れ出すと説明しづらい資料」

   「ちゃぶ台返し」の後、同年9月8日に酒井氏が高尾氏、金戸氏にメールを送っていた。「最終的に平成14年バックチェックベース(改造不要)で乗り切れる可能性は無く、数年後には(どのような形かはともかく)推本津波をプラクティス化して対応をはかる必要がある」。

 これについて、金戸氏は「(武藤氏の指示にしたがって土木学会で)長期評価の波源を福島沖に置くか研究を実施しても、何も対策をしなくても良いという結果にはならない。対策をいずれやらないといけないという意味だった」と説明。酒井氏と同様、時間稼ぎという認識があったようにみえる。

 9月10日には、福島第一原発の現地で、所長ら18人と、本店の関係者で「耐震バックチェック説明会」が開かれた。この際の資料(*1)を金戸氏は作成。酒井氏からは「真実を記載して資料回収」と指示され、資料には「津波対策は不可避」と書いた。議事メモ(*2)には「津波に対する検討状況(機微情報のため資料は回収、議事メモには記載しない)と書かれていた。

「津波対策は不可避」と書かれた2008年9月の会合資料

 金戸氏は「外に漏れ出すと説明しづらい資料なので」と、これらの文言について説明した。「土木学会で3年かけて研究、すぐには対策に着手しない」という東電のやり方に、社会に対して説明できない、後ろめたいものを自覚していたのではないだろうか。

〇「解決困難でもやめないこと」怒ったセンター長

その後も、土木調査グループのメンバーは、「土木学会における検討結果が得られた時点(2012年)で、対策工事が完了していることが望ましい」という考えだったが、対策は進まなかった。「なんで早く進まないのか、フラストレーションがたまった」と証言した。

 2010年8月には、津波の想定、対策に関わる部署(土木調査グループ(G)、機器耐震技術G、建築耐震Gなど)を集めて「福島地点津波対策ワーキング」がようやく発足した。

 しかし、ワーキング発足の後も、「機器配管が濫立しており、非常用海水ポンプのみを収容する建屋の設置は困難」(建築耐震G)など悲観的な報告が続くばかりだった。「解決困難でも止めないことと、土方さん(*3)は怒っていました」と述べた。

〇「15.7m対策では事故は防げなかった」への疑問

   2011年3月11日。前月に東通原発の事務所に異動になっていた金戸氏は、青森県の三沢空港にいるときに地震に遭遇した。

 「長期評価の見解を考慮した津波は、南東から遡上してくる。今回の津波は遡上してくるパターンが全然違っていた。ちょっと違いすぎる。長期評価の対策をしていたからといって今回の事故が防げたとは思えない」と金戸氏は証言した。

 これには、いくつか疑問がある。

 一つは、15.7mの津波対策として、金戸氏の頭にあった沖合防波堤や4m盤対策だけでは不十分で、審査を通らなかった可能性があることだ。耐震バックチェックで津波分野を担当していた今村文彦・東北大教授は、「15.7m対策には、1号機から4号機の建屋前(10m盤)にある程度の高さの防潮壁が必要で、それがあれば311の津波もかなり止められただろう」と述べている(第15回公判)。

 もう一つは、運転しながら対策工事をすることが認められず、311前に運転停止に追い込まれていた可能性があることだ。東電の経営陣は、対策工事の費用より、さらに経営ダメージが大きい運転停止を恐れ、研究名目で時間を稼ごうとしたのではないだろうか。

 防波堤などの対策工事は目立つから、着手する段階で、新しい津波想定の高さを公表する必要がある。しかし従来の津波想定(5.7m、外部に公開されていたのは3.1m)を、一気に15.7mに引き上げるとアナウンスした時、地元は運転継続しながらの工事を認めない可能性があった。その場合、福島第一は3月11日には冷温停止していたことになり、大事故にはつながらなかった。

〇長期評価より重い貞観リスク

   渋村弁護士は貞観地震の問題についても尋ねた。
 「貞観を取り入れなくて良いと考えていたのか」
 金戸氏「長期評価と同じように、研究してからとりこもうと考えていた」

 長期評価の15.7mは、記録には残っていないが、地震学の知見から予測される「想定津波」だ。一方、貞観津波タイプは、過去に何度も襲来した実績のある「既往津波」である。より確度は高い。450年から800年周期で福島県沿岸を襲っており、前回は1500年ごろに発生していたから(*4)、周期からみると切迫性さえあった。

 だから、15.7mと貞観タイプでは、原発へのリスクを考える時には重みが違う。同様に扱うとした金戸氏の答えは、疑わしい。

 おまけに、お隣の女川原発はすでに貞観タイプを想定して報告書を原子力安全・保安院に提出ずみだった。女川と同じ貞観タイプの波源を想定すると、福島第一は4m盤の非常用ポンプが運転不能になることもわかっていた。

 2011年4月には、地震本部の長期評価改訂版が公表される予定だった(第11回、島崎邦彦・東大名誉教授の証言参照)。2002年版と同じ津波地震(15.7m)に加え、貞観タイプへの警告も新たに加わっていた。この時点で運転停止に追い込まれるリスクを警戒していたからこそ、東電は文部科学省に長期評価の書き換えまでさせたのではないだろうか(*5)。

 ______________
*1 東電株主代表訴訟の丙90号証の2
*2 甲A100
*3 土方勝一郎・原子力設備管理部新潟県中越沖地震対策センター長、酒井氏の上司
*4 産業技術総合研究所 活断層・地震研究センター AFERC NEWS No.16 2010年8月号
https://unit.aist.go.jp/ievg/katsudo/ievg_news/aferc_news/no.16.pdf
*5 東電が地震本部に書き換えさせた長期評価
http://media-risk.cocolog-nifty.com/soeda/2014/01/post-c88c.html
橋本学・島崎邦彦・鷺谷威「2011年3月3日の地震調査研究推進本部事務局と電力事業者による日本海溝の長期評価に関する情報連絡会の経緯と問題点」日本地震学会モノグラフ「日本の原子力発電と地球科学」2015年3月、p.34
http://www.zisin.jp/publications/pdf/monograph2015.pdf
______________
添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う』
(ともに岩波新書)

刑事裁判傍聴記:第17回公判 間違いの目立った岡本孝司・東大教授の証言
刑事裁判傍聴記:第16回公判 「事故は、やりようによっては防げた」
刑事裁判傍聴記:第15回公判 崩された「くし歯防潮堤」の主張
刑事裁判傍聴記:第14回公判 100%確実でなくとも価値はある
刑事裁判傍聴記:第13回公判 「歴史地震」のチカラ
刑事裁判傍聴記:第12回公判 「よくわからない」と「わからない」の違い
刑事裁判傍聴記:第11回公判 多くの命、救えたはずだった
刑事裁判傍聴記:第10回公判 「長期評価は信頼できない」って本当?
刑事裁判傍聴記:第 9回公判 「切迫感は無かった」の虚しさ
刑事裁判傍聴記:第 8回公判 「2年4か月、何も対策は進まなかった」
刑事裁判傍聴記:第 7回公判 「錦の御旗」土木学会で時間稼ぎ
刑事裁判傍聴記:第 6回公判 2008年8月以降の裏工作
刑事裁判傍聴記:第 5回公判 津波担当のキーパーソン登場
刑事裁判傍聴記:第 4回公判 事故3年後に作られた証拠
刑事裁判傍聴記:第 3回公判 決め手に欠けた弁護側の証拠
刑事裁判傍聴記:第 2回公判


2018年6月20日水曜日

第13、14回公判報告(海渡弁護士)

第13、14回公判報告

歴史地震と津波の専門家である都司嘉宣証人は、推本の長期評価が当時の様々な専門分野の専門家による議論の積み重ねによってコンセンサスとしてまとめられたことを証言された。

                  海渡雄一(刑事訴訟支援団・被害者参加代理人)

はじめに

都司嘉宣証人は歴史地震と津波の専門家である。三陸沖から房総沖までの日本海溝よりのどこでもM8クラスの津波地震が起きるという推本の長期評価がまとめられたときの、海溝型分科会の委員をしていた。
当時の様々な専門分野の専門家による議論の積み重ねによってコンセンサスとしてまとめられたこと、その際に残されている古文書の内容にさかのぼって、1611年の慶長三陸沖、1677年の延宝房総沖の二つの地震が、大きな津波被害をもたらしたにもかかわらず、地震被害の報告がないことを、分科会で報告し、様々な分野の専門家の意見が次第に一致し、長期評価がまとめられていく過程をビビッドに証言された。

PDFで報告を読む
テキストで読む(支援団HPにジャンプ)

2018年6月19日火曜日

傍聴速報 Vol.2

 傍聴速報(第17回公判) PDF版

*明日6月20日は公判期日です

傍聴整理券配布時間は8:20~9:00です。
20日は公判併行の院内集会はありません。
裁判終了後の報告会のみ行います。

第18回公判期日
6月20日(水)
東京地方裁判所 第104号法廷
8:20~9:00 傍聴整理券配布
8:30~8:40 東京地裁前行動
10:00    開廷
裁判報告会
時間…裁判終了の約30分後より開会
場所…参議院議員会館102室
通行証配布時間…15:30より(裁判が早く終わった場合は繰り上げる場合があります。)

2018年6月17日日曜日

刑事裁判傍聴記:第17回公判(添田孝史)

間違いの目立った岡本孝司・東大教授の証言


 6月15日の第17回公判には、岡本孝司(おかもと・こうじ)・東大教授が証人として出廷した。専攻は原子力工学で、なかでも専門分野は熱や流体の流れ。核燃料からどうやって熱を取り出して発電するかという分野である。

 1985年に東大の原子力工学専門課程の修士課程を出て、三菱重工業に入社。もんじゅの設計や製作に携わったのち、1988年に東大助手、2004年から同教授。2005年から2012年まで、原子力安全委員会の原子炉安全専門審査会審査委員、専門委員を務めていた(*1)。

 証言のテーマは
  • 津波対策の多重化
  • 原発の規制における民間規格の活用
  • 津波リスクの確率論的評価
など多岐にわたった。
 岡本教授は「専門家でないのでわからないですけれども」と何度も前置きしたうえで証言を続けていた。本来の専門ではない分野が多かったせいか、間違いや知識不足が目立った(*2)。

◯「津波対策を多重化していた原発は無い」→浜岡は実施ずみ

   多重的な津波対策とは、敷地に津波が遡上しないようにする①防潮堤だけでなく、①が破られた後の備えとして、敷地の上に②防潮壁、②扉水密化、③重要機器水密化、④高台に電源車など代替注水冷却設備を置いておく、などの対策をすることだ(下図参照(*3))。
多重の津波対策(東電報告書から)
   被告人側の宮村啓太弁護士はこう尋ねた。
「(事故前に)多重的な津波対策をとっている原子力発電所はありましたか」
岡本教授「残念ながらありませんでした」

 これは間違いだ。

 中部電力が2008年2月13日に原子力安全・保安院に送った文書(*4)によると、浜岡原発では敷地に津波が遡上した時の対策として、ポンプ予備品の購入、建屋やダクト等の開口に防水構造の防護扉(②)を設置するなど、浸水への対応を進めていた。また、ポンプモーターの水密化(③)、既製の水中ポンプによる代替取水、ポンプ周りに防水壁(②)を設置するなども検討していた。

 中部電力は、「津波に対する安全余裕の向上策」として、敷地に浸水した後の多重化対策もやっていたのである。

◯「想定を超えた事態を、十分想像出来ていなかった」?

   岡本教授は、「津波が想定を超えたらどうなるか、十分思いが至っていなかった」と述べた。ただし、これは岡本教授の認識であって、東電や規制当局の実際の動きとは異なる。

 2006年5月に、保安院と原子力安全基盤機構(JNES)が開いた溢水勉強会で、福島第一原発で敷地より高い津波(押し波)が襲来すると、主要建屋が水没し、大物搬入口などから浸水して全電源喪失に至る危険性があると、東電が報告していた(*5)。
東電が2006年5月に報告していた想定外津波の被害予測。
「電源設備の機能を喪失する可能性がある」と書かれている。
   保安院は、2006年10月6日に、耐震バックチェックに関して全電力会社の関係者を集めてヒアリングを開いた。ここで、保安院の担当者は、津波対応について「本件は、保安院長以下の指示でもって、保安院を代表して言っているのだから、各社、重く受け止めて対応せよ」とし、以下のような内容が伝えられた(*6)。

「津波は自然現象であり、設計想定を超えることもあり得ると考えるべき。津波に余裕が少ないプラントは具体的、物理的対応を取ってほしい。津波について、津波高さと敷地高さが数十cmとあまり変わらないサイトがある。想定を上回る場合、非常用海水ポンプが機能喪失し、そのまま炉心損傷になるため安全余裕がない」

 また日本原子力学会で津波リスク評価の報告書(*7)をまとめた委員長の宮野廣・法政大教授は以下のように述べている(*8)。

「JNESが2007年に、福島第一に津波のような浸水があったらどうなるか、リスク評価をして公表していました。ほとんどの外的事象で、事故が引き起こされる確率は1億年に1回という程度なのに、洪水や津波で水につかった場合に炉心損傷に至る確率は100分の1より大きく、桁はずれに高いリスクが明らかになっていました」

「福島第一は、津波が弱点だとリスク評価で明らかになっていました。ほかの要因に比べて明らかに差があるから、ちゃんと手を打たなければいけない、そういう判断に使えなかったのは非常に残念です」

 岡本教授は、溢水勉強会のことについては「存じ上げません」、JNESのリスク評価の発端となったインド・マドラス原発のトラブルについても「細かいところまでは把握していない」と証言していた。この分野の知識が十分でない岡本教授に、そもそも証言する資格があるか疑わしいテーマのように思われた。

◯「バックチェック中、停止する必要は無かった」?

   原発を運転しながらバックチェックを進めることについて、岡本教授は「大きな余裕のもと運転がなされている。欧米も運転しながら確認している」と証言した。

 原安委と保安院の2003年4月3日打合せ資料の中に、「原子力施設の耐震設計に内在する裕度について」という文書がある(*9)。指針改訂前に設計された原発に、設計値と比べてどのくらいの安全余裕が上乗せされているか検討している。これは揺れについてのみ調べたものだが、

「顕在的裕度として最低でも約3倍の裕度があることが(ママ)確認した。また、全ての施設に有すると考えられる潜在的設計裕度を加味すれば、耐震設計に内在する裕度は、それ以上を見込むことが可能であり、一部の施設について行われたNUPEC耐震実証試験における破壊試験からも確認できる」

と結論づけていた。

 一方、津波に関しては余裕が小さかった。前述したように、保安院は「津波について、津波高さと敷地高さが数十cmとあまり変わらないサイトがある」と説明していた。電事連が2000年に実施した調査では、福島第一は全国の原発の中でもっとも津波に対する余裕が小さいこともわかっていた。土木学会手法による津波想定に0.5%程度の誤差が生じただけで、非常用ポンプの機能が失われる状態だった(*10)。

 検察官役の山内久光弁護士の「もしチェックしたところ、基準を満たしておらず対策が立てられないときは、停止するしかないのですか」という質問に、岡本教授は「おっしゃる通りです」と答えた。

 検察官側は、「運転停止以外の『適切な措置』を講じることができなければ、速やかに本件原子力発電所の運転を停止すべきでした」と主張しており、それについては岡本教授も認めた形だ。

◯「民間規格の活用が進んでいた」?

   岡本教授は、原子力規制に民間学会の基準を活用することについて「従来は告示をもとに規制していたが、新知見をどんどん取り入れていくのに民間規格を使うようになった」と説明した。
 被告人側の宮村啓太弁護士は、だから民間の土木学会が策定した津波想定手法(土木学会手法)を使うのは適切だった、という東電元幹部らの主張を補強しようとしていたように見える。

 岡本教授が指摘したように、学会などの民間団体がつくった技術基準を積極的に規制行政に取り入れていく流れはあった。ただし、民間の基準を規制に用いるには以下の要件を満たしていることを規制当局が検証して、エンドース(是認)する手続きを経なければいけない(*11)。

(1) 策定プロセスが公正、公平、公開を重視したものであること(偏りのないメンバー構成、議事の公開、パブリックコメント手続きの実施、策定手続きの文書化及び公開など)
(2) 技術基準やそのほかの法令又はそれに基づく文書で要求される性能との項目・範囲において対応がとれること。

 証言ではあいまいにされていたが、土木学会が策定した津波想定方法(土木学会手法、津波評価技術)は、このエンドースを得ていない。だから耐震バックチェックは、土木学会手法を用いればいい、とお墨付きを得たものではない。
 保安院も「津波は個別の原発ごとに審査しており、土木学会手法を規制基準として用いていない」と説明していた(*12)。

 日本電気協会がまとめた指針「JEAG4601-2008」で、「津波水位評価にあたり準用あるいは引用する基準類の適用版は以下による」として、土木学会手法が引用されていたが(*13)、JEAG4601-2008自体も、エンドースは事故時までにはされていなかった。

 土木学会自身も、土木学会手法について「民間指針等とは正確を異にしており、事業者に対する使用を義務付けているものではない」と事故後の2011年4月にコメントを出している(*14)。

 というわけで、宮村弁護士の狙いは尻すぼみ気味に終わった印象を受けた。

______________

*1 岡本教授は茨城県の県原子力安全対策委員会の委員長も務めていた。県に提出された自己申告書によると、2010年〜12年度、日本原子力発電や三菱重工業から寄付金や共同研究費として計約1340万円を受領している。

*2 岡本教授が民事訴訟で提出している意見書と共通する問題点である。
添田孝史「間違いだらけの岡本孝司・東大教授意見書」https://shien-dan.org/hamada-201702/

*3 東京電力株式会社「福島原子力事故調査報告書」2012年6月20日 p.326から
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120620j0303.pdf

*4 中部電力株式会社「浜岡原子力発電所3,4号機 津波に対する総合的な対策について」 2008年2月13日


*6 国会事故調報告書 p.86

*7 日本原子力学会「原子力発電所に対する津波を起因とした確率論的リスク評価に関する実施基準:2011」2012年2月
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I023395115-00

*8 地盤工学会など「活断層が分かる本」 技報堂出版 2016 p.138

*9 添田孝史「耐震規制の『落としどころ』をにぎっていた電力会社」岩波科学 2017年4月

*10 国会事故調報告書p.85

*11 原子力安全・保安部会原子炉安全小委員会「原子力発電施設の技術基準の性能規定化と民間規格の活用に向けて」2002年7月22日
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/286862/www.nisa.meti.go.jp/text/kichouka/no7-4.pdf

*12 国会事故調報告書p.91

*13 日本電気協会原子力規格委員会「原子力発電所耐震設計技術指針 JEAG4601_2008」p.206
https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000010508082-00

*14 土木学会原子力土木委員会「原子力発電所の津波評価技術」について問い合わせの多い内容と回答
http://committees.jsce.or.jp/ceofnp/node/7
______________
添田 孝史 (そえだ たかし)
サイエンスライター、元国会事故調協力調査員
著書に 『原発と大津波 警告を葬った人々』、『東電原発裁判―福島原発事故の責任を問う』
(ともに岩波新書)

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