7月25日に開かれた第22回公判期日では、検察官役の指定弁護士が裁判官に対し、事故現地の現場検証を行うよう求める意見陳述がされました。
検証請求に関する意見陳述
指定弁護士は,平成29年3月10日付け検証請求書で,福島第一原子カ発電所,双葉病院,ドーヴィル双葉,救助避難経路において検証するよう求め,また,同年9月19日に補充意見書,平成30年7月20日に補充意見書(2)を提出しました。本日は,福島第一原子カ発電所及びその周辺の検証の必要性について意見を述べます。
1 はじめに
本件の争点の一つは,被告人らに本件事故を予見することができたかどうか,予見できたとして結果を回避できたかどうかです。
(1)この争点を判断するには,
①同発電所の10メートル盤を超える津波が襲来する
②10メートル盤上に設置されている建屋内部に浸水する
③建屋内にある非常用発電機や電源盤が被水して交流電源を失う
④交流電源が失われたことにより,非常用電源設備や冷却設備等が機能を喪失する
⑤その結果,原子炉の炉心に損傷を与え,水素爆発を発生させる
という事故発生の経過を,具体的,現実的に理解することが不可欠です。
(2)そのためには,同発電所を直接に見分し,
①同発電所は,どのような地盤に設置されているのか
②その地盤上には,どのような設備があるのか
③津波は,どこまで襲来し,どのような痕跡を残しているのか
などを,裁判官の五官によって検証する必要があります。
2 本件原子力発電所について
本件原子力発電所は,約350万平方mという広大な敷地に設置されており,敷地内には原子炉建屋,タービン建屋がそれぞれ6機設置され,また,大規模な防波堤も設置されている巨大な構造物です。
このような同発電所の規模(甲A8,9,33,150~153,180等)や,同発電所における本件津波の痕跡等(甲A30~41等)は,取調べ済の各証拠で証明されてはいます。しかしながら,これらの証拠はいずれも図面,写真,報告書であり,そこに記載された内容から判断するだけでは,同発電所の規模や本件津波襲来の痕跡等を平面的,限定的に把握することはできても,立体的,全体的に把握することはできません。
同発電所のような巨大な施設や本件津波襲来の痕跡等の全体像を把握するためには,各証拠の検討に加えて,裁判官が現場に臨んで対象を眼で確認し,この状況を実体験することが必要不可欠です。
3 10m盤上に防潮壁を設置すべき揚所について
今村証人は,明治三陸沖地震の波源モデルを用いた場合の本件原子力発電所における津波水位の最大値が敷地南部でO.P.+15.707mを示す最大津波高さ分布図に基づいて,設置すべき防潮壁の場所は,1号機から4号機の建屋の前面に設置することが必要であると証言した上で,防潮壁を設置すべき場所として,本件原子力発電所の見取図の1号機から6号機の前面に線を引いて図示しました(第15回公判調書38頁)。また,1号機から6号機の前面に設置すべき埋由として,同証人は,防波堤内において津波の共振現象が起きて津波が増幅する可能性があるためと証言しました(同41頁)。
さらに,O.P.+15.707mという計算結果に対して,10m盤に浸水する高さの津波が発生する場所,たとえば本件原子力発電所敷地南側などに限定して防潮壁を設置する考え方について,久保賀也証人は,工学的にはあまり考えられないと証言しました(第4回公判調書108頁)。
したがって,10m盤の状況,本件原子力発電所敷地南部の状況,防波堤の状況,O.P.+15.707mの高さを10m盤上の構造物と比較するなどを検証し,立体的,全体的に把握することで,上記今村証言の合理性をより適切に判断することができます。
4 10m盤上における防潮壁の成立性について
上津原証人は,10m盤に防潮壁を建てた場合,タービン建屋前の道路は人の移動や機材の運搬の場所であり,その後の運転や点検の障害になると証言しました(第2回公判調書75頁)。また,同証人は,10m盤には循環水配管等の配管が埋まっており,10m盤に防潮壁を設置する場合に配管をどのように扱うのか考える必要があると証言しました(同74~80頁)。同証人は,こうした問題があるため,防潮壁の設置などの対策の実施について,対策には時間がかかり,大がかりな工事になって難しいものの,可能ではあると証言しました(同96頁)。
上津原証人の証言の信用性を評価するためには,10m盤上の状況,タービン建屋前の道路の状況,10m盤に埋められている配管場所などを検証によって,立体的,全体的に把握することが必要です。
5 本件津波の浸水経路及び浸水対策について
上津原証人は,1号機タービン建屋の大物搬入口,1号機タービン建屋ハッチ開口部,1号機及び2号機間のサービス建屋入口,2号機タービン建屋ルーバ,2号機タービン建屋ハッチ開口部,3号機タービン建屋ルーバ等から本件津波が浸水したと証言しました(第2回公判調書27~30頁)。
また,同証人は,前記各浸入に対する措置として,大物搬入口については水密扉の建設,ハッチ開口部については防潮壁の設置等が考えられると証言しました(同33~41頁)。
同証人の前記証言の信用性を評価するためには,各号機の大物搬入口,サービス建屋入口,ハッチ開口部,ルーバの設置場所や高さなどを検証によって,立体的,全体的に把握することが必要です。
6 現時点で検証する必要性
本件原子力発電所では廃炉作業が行われていますが,本件事故から7年以上が経過したとはいえ,4m盤,10m盤,高台,既設防波堤の状況,建屋等の設置状況は本件事故当時とほとんど変わりはなく,また,本件津波や水素ガス爆発の痕跡もいまだ確認できる状況にあり,前記事項を明確に把握することができますので,現時点で検証をする意義は十分にあります。
もっとも,時間の経過とともに現場の状況が刻々と変化していることも確かであり,将来的に前記各事項について検証することが不可能となるおそれがあり,そのような事態を回避するためにも,現時点で検証を行うことは,本件の間題を適正に判断するために,極めて重要なことであることは明白です。
7 結論
本件は,津波を要因とする原子カ発電所の爆発事故によって,多くの人々が死傷したという極めて特異な案件です。本件原子力発電所は巨大な施設であり,また,本件津波や本件事故の規模も巨大です。このような事故が発生した現場を見分せず,本件原子力発電所の各施設と海岸からの距離感,各地盤の海面からの高さなどを体感しないまま,書証と証言だけで本件原子カ発電所,本件津波,本件事故の規模を適切に評価することは到底できません。
さらに,証人の多くは,本体事故前後に本件原子カ発電所に実際に行った経験があり,本件原子力発電所及び本体津波や本件事故の規模を現地の状況や痕跡等で把握した上で,証言しています。証人と同様,本件原子力発電所に実際に行き,同発電所の規模及び本件津波や本件事故の痕跡等を見分しなければ,証人の証言内容を具体的に理解し,適切に評価することはできません。
現場に臨めば本件原子力発電所が,いかに海面に接した場所に設置されているか,津波の襲来に対する十分な対策が必要であったか,が一見してわかります。
本件について正しい判決をするためには,本件原子力発電所の検証が必要不可欠です。
以上